ATLÉTICO DE MADRID FAN MEDIA
試合 順位表 レポート コラム クイズ はじめての方へ
JP / EN / ES / FR / IT

歴代選手

年代
40 歴代選手

創成期と最初の栄光

1903 – 1950s

1903年に創設されたクラブは、1939-40と1940-41にリーガを初連覇し、1950年と1951年にはエレニオ・エレーラの下で再び連覇を果たした。バスク人学生たちが持ち込んだ赤白の縦縞が、マドリードの南に根を張った時代である。

アドリアン・エスクデロ

Adrián Escudero García

ESP CF

1945–1958

出場
330
ゴール
169
アシスト
—

アドリアン・エスクデロは1945年から1958年まで13シーズンにわたり赤白の一線で戦い続けたストライカーで、公式戦通算169得点はクラブ史上有数の記録として今も上位に残る。1949-50と1950-51のリーガ連覇ではベン・バレクらと共に得点源となり、優勝の立役者の一人だった。1953年にはクラブのリーガ通算1000点目をPKで決め、節目の得点者として歴史に名を残した。トップリーグでのキャリアをすべてアトレティコに捧げた生粋のロヒブランコであり、引退後には短期間ながら監督としてもクラブに戻っている。数字と忠誠の両方で、創成期と黄金期をつなぐ象徴的な存在である。

  • La Liga 1949-50
  • La Liga 1950-51
  • Copa Eva Duarte 1951
  • アトレティコ・マドリード 1945-1958

ラルビ・ベン・バレク

Abdelkader Larbi Ben Embarek

MAR AM

1948–1953

出場
123
ゴール
63
アシスト
—

「黒い真珠」と呼ばれたラルビ・ベン・バレクは、1948年にスタッド・フランセから加入し、ヨーロッパで輝いた最初期のアフリカ出身スターとしてアトレティコの攻撃を率いた。エレニオ・エレーラの下で1949-50と1950-51のリーガ連覇の中心となり、エスクデロらと組んだ攻撃陣は当時のスペインで最も恐れられた。卓越したテクニックと優雅なボール扱いは別格で、ペレが「サッカーの神」と呼んだと伝えられるほどの存在だった。1953年にマルセイユへ戻るまで、攻撃の得点源であり続けた。モロッコが生んだ最初の世界的フットボーラーとして、その名は今もクラブ史に刻まれている。

  • La Liga 1949-50
  • La Liga 1950-51
  • Copa Eva Duarte 1951
  • アトレティコ・マドリード 1948-1953

黄金の60〜70年代

1960s – 1970s

メトロポリターノからビセンテ・カルデロン(1966年開場)へ移り、クラブはリーガ4回(1966、1970、1973、1977)とコパ数回を積み上げた。1974年にはクラブ初のヨーロピアンカップ決勝に進み、同年大会のインターコンチネンタルカップを制している。

エンリケ・コジャール

Enrique Collar Monterrubio

ESP LW

1953–1969

出場
470
ゴール
105
アシスト
—

エンリケ・コジャールは1952年にアトレティコと契約し、カディスへのローンを経て1953年から1969年までトップチームで16シーズンを戦った左ウイングである。1960年から1969年までの10年間はキャプテンとしてチームを率いた。これはクラブ史上最長の主将在任である。ペイロと組んだ「アラ・インフェルナル」で一時代を築き、コパ3回、1962年のカップウィナーズカップ、そして1965-66のリーガ制覇に貢献した。クラブで最初に「エル・ニーニョ」と呼ばれた選手でもあり、その愛称はのちにフェルナンド・トーレスへ受け継がれる。全大会通算470試合105得点という数字は、忠誠と継続の証そのものである。2025年12月に91歳で死去し、クラブ全体が喪に服した。

  • La Liga 1965-66
  • Copa del Rey 1959-60
  • Copa del Rey 1960-61
  • Copa del Rey 1964-65
  • Recopa 1961-62
  • アトレティコ・マドリード 1953-1969

ホアキン・ペイロ

Joaquín Peiró Lucas

ESP CF

1954–1962

出場
166
ゴール
91
アシスト
—

マドリード生まれのホアキン・ペイロは、左ウイングのコジャールと組んだ「アラ・インフェルナル(地獄の左翼)」でビセンテ・カルデロン以前のアトレティコを牽引した内寄りのアタッカーである。1959-60と1960-61のコパ連覇に貢献し、1961-62には決勝のフィオレンティーナ戦で2試合とも得点して、クラブ初の欧州タイトルとなるカップウィナーズカップ制覇の立役者となった。俊敏なドリブルと得点力を兼ね備え、リーガでも高い得点率を残した。1962年にトリノへ移り、のちにインテルでチャンピオンズカップも制している。晩年まで愛されたマドリードっ子のレジェンドとして、その名は欧州初栄冠とともに語られる。

  • Copa del Rey 1959-60
  • Copa del Rey 1960-61
  • Recopa 1961-62
  • アトレティコ・マドリード 1954-1962 ※ ローン: Murcia 1954-55

アデラルド

Adelardo Rodríguez Sánchez

ESP CM

1959–1976

出場
553
ゴール
113
アシスト
—

バダホス出身のアデラルドは、1959年のリーガデビュー戦でいきなりゴールを決め、そこから17シーズンにわたって中盤を支え続けた。公式戦553試合はクラブ最多出場記録として長く君臨し、現在もコケに次ぐ歴代2位である。リーガ3回、コパ5回、1962年のカップウィナーズカップ、そして1974年大会のインターコンチネンタルカップと、黄金期のタイトルほぼすべてに名を刻んだ。派手さよりも走力と読みで試合を制御するタイプで、複数の監督の下で常に代えの利かない存在だった。1974年のヨーロピアンカップ決勝も戦い、クラブの栄光と挫折の両方を最前線で見届けた。アトレティコの継続性そのものを体現する選手である。

  • La Liga 1965-66
  • La Liga 1969-70
  • La Liga 1972-73
  • Copa del Rey 1959-60
  • Copa del Rey 1960-61
  • Copa del Rey 1964-65
  • Copa del Rey 1971-72
  • Copa del Rey 1975-76
  • Recopa 1961-62
  • Intercontinental 1974
  • アトレティコ・マドリード 1959-1976

ルイス・アラゴネス

Luis Aragonés Suárez

ESP CM

1964–1974

出場
335
ゴール
159
アシスト
—

ルイス・アラゴネスは選手としても指導者としても、アトレティコ史の中心に立つ存在である。1964年に加入した後、中盤から攻撃を動かしながら圧倒的な得点力も発揮し、クラブ史に残る偉大な記録を築いた。当時の資料には差異もあるが、彼がクラブの象徴的スコアラーだったことに疑いはない。1960年代から70年代にかけてリーガ3回、国王杯2回の獲得に大きく貢献し、勝者の文化を支えた。単なる名選手ではなく、アトレティコの精神を言語化した人物として後世に与えた影響も計り知れない。レジェンドという言葉を最も自然に当てはめられる名前である。

  • La Liga 1965-66
  • La Liga 1969-70
  • La Liga 1972-73
  • Copa del Rey 1964-65
  • Copa del Rey 1971-72
  • アトレティコ・マドリード 1964-1974

ホセ・エウロヒオ・ガラテ

José Eulogio Gárate Ormaechea

ESP CF

1966–1977

出場
241
ゴール
109
アシスト
—

アルゼンチンのサランディでバスク系の家庭に生まれたホセ・エウロヒオ・ガラテは、1966年に加入し、上品さと決定力を兼ね備えた「紳士のストライカー」としてカルデロンの黄金期を象徴した。1968-69から3季連続でピチーチ(リーガ得点王)に輝き、リーガ3回とインターコンチネンタルカップ制覇の主役となった。1972年と1976年のコパ決勝ではいずれも決勝点を決め、勝負どころで最も頼れる男だった。知性派として知られ、荒々しい時代にあってフェアプレーの体現者と評された。数字だけでなく品格でクラブの記憶に残る、60〜70年代アトレティコの顔である。

  • La Liga 1969-70
  • La Liga 1972-73
  • La Liga 1976-77
  • Copa del Rey 1971-72
  • Copa del Rey 1975-76
  • Intercontinental 1974
  • アトレティコ・マドリード 1966-1977

ミゲル・レイナ

Miguel Reina Santos

ESP GK

1973–1980

出場
213
ゴール
0
アシスト
—

バルセロナから1973年に加入したミゲル・レイナは、70年代アトレティコのゴールを守った正守護神である。加入1年目からリーガ準優勝と1973-74ヨーロピアンカップ決勝進出を経験し、1974年大会のインターコンチネンタルカップ、1975-76のコパ、1976-77のリーガ制覇に貢献した。1976-77には30試合29失点でサモラ賞(最少失点GK)を受賞し、キャリア2度目の栄誉を赤白で手にしている。安定したポジショニングと冷静さが持ち味で、守備的な時代のアトレティコを最後尾から支えた。2010年W杯を制したスペイン代表GKペペ・レイナの父としても知られる。

  • La Liga 1976-77
  • Copa del Rey 1975-76
  • Intercontinental 1974
  • アトレティコ・マドリード 1973-1980

ルベン・アジャラ

Rubén Hugo Ayala

ARG LW

1973–1980

出場
169
ゴール
45
アシスト
—

長い黒髪をなびかせて左サイドを駆けたルベン・アジャラは、「エル・ラトン(ネズミ)」の愛称で親しまれたアルゼンチン人アタッカーである。サン・ロレンソから1973年に加入し、スピードと働き量で70年代アトレティコの攻撃を牽引した。1974年大会のインターコンチネンタルカップ、1975-76のコパ、1976-77のリーガと、この時代の主要タイトルすべてに関与している。1973-74のヨーロピアンカップではクラブ初の決勝進出を戦い、アルゼンチン代表としては1974年W杯でゴールも記録した。その疾走する姿は、カルデロンの70年代を象徴する残像として記憶されている。

  • La Liga 1976-77
  • Copa del Rey 1975-76
  • Intercontinental 1974
  • アトレティコ・マドリード 1973-1980

苦闘とドブレテ

1980s – 1990s

タイトルから遠ざかった時期を、個性の強いスターたちが彩った。1991年と1992年のコパ連覇を経て、1995-96にはリーガとコパの二冠「ドブレテ」を達成する。しかしその4年後の2000年、クラブは初めて2部へ降格した。

ウーゴ・サンチェス

Hugo Sánchez Márquez

MEX CF

1981–1985

出場
111
ゴール
54
アシスト
—

メキシコのプーマスから1981年に加入したウーゴ・サンチェスは、アクロバティックなボレーと得点後の宙返りで観衆を沸かせたストライカーである。適応に苦しんだ1年目を乗り越えると年々進化し、1984-85にはピチーチ(リーガ得点王)に輝いてコパ・デル・レイ制覇の立役者となった。ゴール前での反射神経と身体能力は当時のリーガで突出しており、アトレティコで世界的ストライカーへの階段を駆け上がった。しかし1985年夏、宿敵レアル・マドリードへ移籍し、ロヒブランコにとって最も痛みを伴う別れの一つとなった。功績と裏切りの両方で語られる、複雑な記憶を残すレジェンドである。

  • Copa del Rey 1984-85
  • アトレティコ・マドリード 1981-1985

アベル・レシーノ

Abel Resino Gómez

ESP GK

1986–1995

出場
303
ゴール
0
アシスト
—

アベル・レシーノは1986年から1995年までゴールを守り、ヘスス・ヒル時代の混沌の中で最も信頼された存在だった。1990-91には1,275分連続無失点というリーガ記録を打ち立てた。この記録は今もリーガで破られていない。記録が止まったのは1991年3月、スポルティング・ヒホンのルイス・エンリケのゴールによる。同シーズンにはサモラ賞を受賞し、1991年と1992年のコパ・デル・レイ連覇の守護神となった。引退後の2009年には監督としてもアトレティコの指揮を執っている。その安定感は、今もカルデロンの記憶に残る。

  • Copa del Rey 1990-91
  • Copa del Rey 1991-92
  • アトレティコ・マドリード 1986-1995

パウロ・フトレ

Paulo Jorge dos Santos Futre

PRT LW

1987–1993, 1997–1998

出場
215
ゴール
52
アシスト
—

1987年、ポルトでヨーロピアンカップを制した直後のパウロ・フトレを、就任したばかりの会長ヘスス・ヒルが看板補強として迎え入れた。その年のバロンドールで2位に選ばれた左利きのドリブラーは、爆発的な加速と切れ味でカルデロンの喝采を独占した。膝の故障に苦しみながらも、1991年と1992年のコパ・デル・レイ連覇でチームの心臓であり続けた。マラドーナと比較された才能はアトレティコの90年代前半を象徴し、1997-98には短い復帰も果たしている。今なおクラブ愛を公言する、ポルトガルが生んだ最も愛されたロヒブランコの一人である。

  • Copa del Rey 1990-91
  • Copa del Rey 1991-92
  • アトレティコ・マドリード 1987-1993
  • アトレティコ・マドリード 1997-1998

ホセ・ルイス・カミネロ

José Luis Pérez Caminero

ESP CM

1993–1998

出場
149
ゴール
40
アシスト
—

バジャドリードから1993年に加入したホセ・ルイス・カミネロは、中盤から矢のように飛び出してゴールを陥れるボックス・トゥ・ボックスの申し子だった。1995-96のドブレテ(リーガとコパの二冠)ではリーガ9得点を記録し、シメオネやパンティッチと組んだ中盤の推進力そのものだった。同年にはスペイン最優秀選手にあたるドン・バロン賞を受賞している。レアル・マドリードの下部組織出身ながら、キャリアの頂点を赤白で迎えたことは、カルデロンでの人気を一層強固にした。スペイン代表として1994年W杯とEURO96も戦い、引退後はアトレティコのフットボールダイレクターとしてクラブに戻った。

  • La Liga 1995-96
  • Copa del Rey 1995-96
  • アトレティコ・マドリード 1993-1998 #21

キコ

Francisco Miguel Narváez Machón

ESP CF

1993–2001

出場
225
ゴール
48
アシスト
—

ヘレス出身のキコは、1992年バルセロナ五輪の決勝で2ゴールを挙げて金メダルをもたらした直後、カディスから1993年に加入した。189cmの長身ながら足元の技術で勝負する異色のフォワードで、背中でボールを収めてから味方を生かす仕事は唯一無二だった。1995-96のドブレテでは11得点を記録し、ペナルティエリアの内外で攻撃の基準点となった。派手ではないが賢いプレーと人柄で、90年代後半のカルデロンで最も愛された選手の一人である。2000年の降格という苦い時代も共に過ごし、2001年までクラブに残った。その忠誠ゆえに、今も「ドブレテの象徴」として真っ先に名前が挙がる。

  • La Liga 1995-96
  • Copa del Rey 1995-96
  • アトレティコ・マドリード 1993-2001 #19

ディエゴ・シメオネ

Diego Pablo Simeone González

ARG CM

1994–1997, 2003–2005

出場
172
ゴール
30
アシスト
—

監督として歴史を変える前に、ディエゴ・シメオネはまず選手としてカルデロンの魂をつかんでいた。セビージャから1994年に加入した闘将は、1995-96のドブレテで中盤の心臓として君臨し、自身も12得点を挙げてリーガとコパの二冠に決定的な役割を果たした。ボール奪取、気迫、勝負勘。のちに「チョリスモ」と呼ばれる価値観は、この時代の彼のプレーそのものだった。1997年にインテルへ移った後、2003年に復帰して2シーズンを過ごし、選手としてのキャリアの最終盤を赤白で締めくくっている。2011年に監督として帰還し、選手と監督の両方でリーガを制した史上2人目の男となった。

  • La Liga 1995-96
  • Copa del Rey 1995-96
  • アトレティコ・マドリード 1994-1997 #14
  • アトレティコ・マドリード 2003-2005 #14

ミリンコ・パンティッチ

Milinko Pantić

SRB AM

1995–1998

出場
139
ゴール
36
アシスト
—

ミリンコ・パンティッチは、ギリシャのパニオニオスから28歳で加入した無名の左利きが、1年でクラブ史に名を刻んだという、およそ現実離れした物語の主人公である。ラドミール・アンティッチの秘蔵っ子として迎えられた1995-96、精密なフリーキックと左足のクロスで10得点を挙げ、ドブレテの創造性を一手に担った。極めつきは、バルセロナとのコパ・デル・レイ決勝で延長戦に決めた優勝ヘッダーである。翌1996-97にはチャンピオンズリーグで5得点を挙げ、同大会の得点王となった。これはアトレティコの選手として今も唯一の記録である。セットプレーというだけで胸が高鳴った時代の記憶として、その左足は語り継がれている。

  • La Liga 1995-96
  • Copa del Rey 1995-96
  • アトレティコ・マドリード 1995-1998 #10

再起の2000年代

2000s

2部で過ごした2年を経て2002年に1部へ復帰。カンテラ出身のフェルナンド・トーレスが背負ったチームは、やがてアグエロやフォルランを擁してヨーロッパへ戻り、2010年にはヨーロッパリーグとUEFAスーパーカップを制して復活を告げた。

フェルナンド・トーレス

Fernando José Torres Sanz

ESP CF

2001–2007, 2015–2018

出場
404
ゴール
129
アシスト
23

フェルナンド・トーレスはカンテラからトップチームへ駆け上がり、若くしてクラブの象徴となった。19歳でクラブ史上最年少キャプテンに任命され、困難な時代のアトレティコにとって希望の象徴だった。得点力とスピードでチームを支え続けた最初の在籍期は、レジェンドとしての土台を築いた時代である。2007年に一度クラブを離れたが、2015年の復帰は感情面でも歴史的な出来事だった。復帰後は全盛期の爆発的なスピードよりも、経験と献身、そして大舞台での存在感で貢献した。ヨーロッパリーグ優勝を置き土産に2018年に退団し、クラブへの愛情を最後まで示した。エル・ニーニョは数字以上に、アトレティコそのものを体現する名前である。

  • UEL 2017-18
  • アトレティコ・マドリード 2001-2007 #35 / #9
  • アトレティコ・マドリード 2015-2018 #19 / #9

ルイス・ペレア

Luis Amaranto Perea Mosquera

COL CB

2004–2012

出場
314
ゴール
0
アシスト
—

ボカ・ジュニアーズから2004年に加入したルイス・ペレアは、8シーズンにわたり最終ラインを支え続けたコロンビア人センターバックである。圧倒的なスピードでのカバーリングを最大の武器に、監督交代が続く時代にも主力であり続けた。2009-10のヨーロッパリーグ制覇と2010年のUEFAスーパーカップ、そして2011-12のヨーロッパリーグと、クラブ復活期の欧州タイトルすべてに立ち会っている。2011年には外国人選手としてのクラブ最多出場記録を更新した(当時)。そして特筆すべきは、公式戦314試合でゴールがゼロという事実である。点を取らないことすら伝説になった、静かな鉄人だった。

  • UEL 2009-10
  • UEL 2011-12
  • UEFA Super Cup 2010
  • UEFA Intertoto Cup 2007
  • アトレティコ・マドリード 2004-2012 #21

マキシ・ロドリゲス

Maximiliano Rubén Rodríguez

ARG RW

2005–2010

出場
121
ゴール
32
アシスト
—

エスパニョールから2005年に加入したマキシ・ロドリゲスは、右サイドから中へ切れ込む強烈な左足で、再建期のアトレティコに得点力を注いだアルゼンチン人ウインガーである。2006-07には十字靭帯断裂という大怪我に見舞われたが、復帰後も献身と決定力で信頼を取り戻した。2007年にフェルナンド・トーレスがリバプールへ去ると、その後を継いでキャプテンを務めた。2009年11月のコパ・デル・レイでは1試合4得点という離れ業も見せている。2010年1月にリバプールへ移籍したが、欧州復帰へもがくチームを支え続けた数年間は、静かに評価され続けている。

  • UEFA Intertoto Cup 2007
  • アトレティコ・マドリード 2005-2010 #11

セルヒオ・アグエロ

Sergio Leonel Agüero del Castillo

ARG CF

2006–2011

出場
234
ゴール
101
アシスト
48

セルヒオ・アグエロは10代で加入し、アトレティコの希望そのものとして成長した。低い重心、瞬発力、ドリブル突破、そしてゴール前での冷静さは、若くして別格の才能を感じさせた。ディエゴ・フォルランとのコンビは2000年代後半のアトレティコ攻撃を象徴し、多くの観客を魅了した。2010年のヨーロッパリーグ制覇とUEFAスーパーカップ制覇にも重要な役割を果たし、クラブの欧州復権に貢献した。2011年に退団したが、その前に100得点超えを達成し、偉大な軌跡を残している。クンは、クラブが育て世界へ送り出した最高の才能として語り継がれる。

  • UEL 2009-10
  • UEFA Super Cup 2010
  • アトレティコ・マドリード 2006-2011 #10

ディエゴ・フォルラン

Diego Martín Forlán Corazo

URY CF

2007–2011

出場
198
ゴール
96
アシスト
31

ディエゴ・フォルランは2007年加入後、アトレティコの攻撃を華やかさと決定力で引き上げたストライカーだった。右足でも左足でも強烈なシュートを放ち、ミドルレンジからも試合を決められる希少な得点源だった。2008-09にはピチーチを獲得し、リーガ屈指のスコアラーとして評価を確立した。2010年のヨーロッパリーグ決勝では2得点を決め、クラブに欧州タイトルをもたらす主役となった。スーパーカップ制覇にも貢献し、移行期のチームを支えるエースとして輝いた。在籍した4シーズンで鮮烈なインパクトを残し、21世紀初期のアトレティコを語る上で欠かせないFWである。

  • UEL 2009-10
  • UEFA Super Cup 2010
  • Pichichi 2008-09
  • アトレティコ・マドリード 2007-2011 #7

ダビド・デ・ヘア

David de Gea Quintana

ESP GK

2009–2011

出場
84
ゴール
0
アシスト
—

13歳でカンテラに入ったダビド・デ・ヘアは、2009年9月、18歳でチャンピオンズリーグのポルト戦にデビューすると、そのままアトレティコの正守護神の座をつかんだ。細身ながら異次元の反射神経を持つティーンエイジャーは、2009-10のヨーロッパリーグ制覇に貢献し、フラム戦の決勝もゴールを守った。2010年のUEFAスーパーカップではインテルを退けるタイトルにも絡んでいる。2011年6月、GKの英国史上最高額となる移籍金でマンチェスター・ユナイテッドへ旅立った。世界最高峰のGKとなる男の原点がカンテラにあったことは、クラブの育成の誇りとして語り継がれている。

  • UEL 2009-10
  • UEFA Super Cup 2010
  • アトレティコ・マドリード 2009-2011 #43 / #13

シメオネ時代

2011 –

2011年12月、ディエゴ・シメオネが監督として帰還し、クラブの歴史が変わった。ヨーロッパリーグ2回(2012、2018)、リーガ2回(2014、2021)、そして2度のチャンピオンズリーグ決勝(2014、2016)。2017年にはメトロポリターノへ移り、チョリスモの時代は今も続いている。

ガビ

Gabriel Luis Fernández Arenas

ESP CM

2011–2018

出場
417
ゴール
10
アシスト
43

ガビはカンテラ出身者としてサラゴサでの4年間を経てクラブに戻り、シメオネ時代の精神的支柱となった。中盤の底で試合のリズムを整え、危険を察知し、必要なときには強く戦うその姿は、アトレティコの闘志そのものだった。2013年のコパ・デル・レイ決勝ではキャプテンとしてベルナベウのピッチに立ち、歴史的勝利を率いた。主将として臨んだ2013-14シーズンにはラ・リーガ制覇を成し遂げ、クラブ史に残る黄金期を率いた。派手な数字を残すタイプではないが、組織と感情の両方を束ねる力は替えが利かなかった。2018年の退団後も、近代アトレティコのキャプテン像として特別な敬意を集めている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • UEL 2011-12
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2012
  • アトレティコ・マドリード 2003-2007 #29 / #16 / #20 / #8 ※ ローン: Getafe 2004-05
  • アトレティコ・マドリード 2011-2018 #14

ラウール・ガルシア

Raúl García Escudero

ESP AM

2007–2015

出場
329
ゴール
45
アシスト
24

2007年にオサスナからアトレティコへ加入し、約8シーズンにわたりチームの中核を担った闘将。攻撃的MF/セカンドストライカーとして空中戦の強さとゴールへの嗅覚を武器に、329試合で45ゴールを記録した。2009-10シーズンのUEFAヨーロッパリーグ制覇、2012-13コパ・デル・レイ優勝、そして2013-14シーズンのリーガ・エスパニョーラ制覇と、クラブの黄金期を象徴する全タイトルに貢献。ピッチ上では激しい闘志でチームを鼓舞し、シメオネのチョリスモを体現する選手だった。2015年夏にアスレティック・ビルバオへ移籍した。

  • UEFA Europa League 2010
  • UEFA Super Cup 2010
  • UEFA Super Cup 2012
  • Copa del Rey 2013
  • LaLiga 2013-14
  • Supercopa de España 2014
  • アトレティコ・マドリード 2007-2015 #8

ディエゴ・コスタ

Diego da Silva Costa

ESP CF

2010–2014, 2018–2020

出場
216
ゴール
83
アシスト
36

ディエゴ・コスタはローン経験を経てアトレティコで本格的に台頭し、やがてシメオネの最前線を象徴する存在となった。荒々しいコンタクト、裏抜け、ポストプレー、そして感情をむき出しにする闘争心は、チームの攻撃に独特の迫力を与えた。2013-14シーズンにはラ・リーガ制覇の原動力となり、得点力だけでなく相手守備陣を崩す圧力でも絶大な価値を示した。2012-13のコパ・デル・レイ優勝にも深く貢献した。2018年1月に復帰した後は以前ほどの爆発力こそなかったが、ヨーロッパリーグとUEFAスーパーカップ制覇に力を貸した。完全無欠ではないからこそ、アトレティコというクラブの激情を最もよく映したFWとして記憶されている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2012
  • UEFA Super Cup 2018
  • UEFA Super Cup 2010
  • アトレティコ・マドリード 2010-2014 #22 / #19 ※ ローン: Rayo Vallecano 2011-12
  • アトレティコ・マドリード 2017-2020 #18 / #19 ※ TM登録2017年9月、公式戦初出場2018年1月

ディエゴ・ゴディン

Diego Roberto Godin Leal

URY CB

2010–2019

出場
389
ゴール
27
アシスト
14

ビジャレアルから2010年夏に加入したディエゴ・ゴディンは、シメオネ時代の守備文化を象徴するセンターバックとなった。空中戦の強さ、対人守備の激しさ、そしてライン統率の巧みさによって、アトレティコの最終ラインに絶対的な基準を与えた。ミランダとのコンビはクラブ史に残る鉄壁として知られ、2013-14シーズンのラ・リーガ優勝の中心にいた。とりわけバルセロナとの最終節で決めた同点ヘッドは、優勝を決定づけたクラブ史屈指の一撃である。コパ・デル・レイ、ヨーロッパリーグ、UEFAスーパーカップでも主力として数々のタイトルに貢献した。2019年に退団した後も、その闘争心と責任感はチョリスモの具現として語り継がれている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • UEL 2011-12
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2010
  • UEFA Super Cup 2012
  • UEFA Super Cup 2018
  • アトレティコ・マドリード 2010-2019 #15 / #2

フィリペ・ルイス

Filipe Luís Kasmirski

BRA LB

2010–2015, 2015–2019

出場
333
ゴール
12
アシスト
30

フィリペ・ルイスは左サイドバックという役割に知性と安定感をもたらした名手である。2010年の加入後、守備では対人対応とポジショニング、攻撃では前進の質とタイミングでチームを支えた。派手さ一辺倒ではなく、試合の流れを読みながら最適解を選ぶ冷静さが彼の価値だった。2013-14のリーガ優勝、コパ・デル・レイ、そして複数の欧州タイトルにおいて、彼は常に信頼できる主力として機能した。チェルシー移籍を挟んで復帰した後も、そのクオリティはほとんど落ちなかった。アトレティコの近代左SB像を定義した存在として、今なお高く評価されている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • UEL 2011-12
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2012
  • UEFA Super Cup 2018
  • UEFA Super Cup 2010
  • アトレティコ・マドリード 2010-2014 #14 / #6 / #3
  • アトレティコ・マドリード 2015-2019 #3

ティアゴ

Tiago Cardoso Mendes

PRT CM

2010–2017

出場
228
ゴール
19
アシスト
14

ティアゴは中盤に落ち着きと経験をもたらした司令塔であり、2010年代前半のアトレティコを語る上で欠かせない存在である。ポジショニング、ボールの循環、試合のテンポ管理に優れ、激しい守備の中に冷静さを加えた。シメオネのチームにおいては献身的な守備も厭わず、戦術的な規律を体現したベテランだった。リーガ優勝やコパ・デル・レイ制覇に至る過程で、彼の安定したゲームコントロールは大きな武器となった。怪我に苦しむ時期もあったが、復帰後もチームに知性と落ち着きを与え続けた。指導者としてクラブに戻ったことも含め、影響力の大きい名MFとして記憶される。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • UEL 2011-12
  • UEFA Super Cup 2010
  • UEFA Super Cup 2012
  • アトレティコ・マドリード 2010-2017 #5

アルダ・トゥラン

Arda Turan

TUR AM

2011–2015

出場
178
ゴール
22
アシスト
—

ガラタサライから2011年8月に加入したアルダ・トゥランは、シメオネ時代の幕開けとともに輝いたトルコ人ファンタジスタである。密集を剥がすドリブルと創造性を、チョリスモの規律と走力の中に溶け込ませた稀有な存在だった。2011-12のヨーロッパリーグ、2013年のコパ・デル・レイ、そして2013-14のリーガ制覇と、初期シメオネ体制の全タイトルに深く関与している。2013-14のチャンピオンズリーグでは決勝進出への道のりで重要なゴールも決めた。2015年夏、バルセロナが約3,400万ユーロで獲得するまで、カルデロンの10番はピッチで最も予測不能な男だった。

  • UEL 2011-12
  • UEFA Super Cup 2012
  • Copa del Rey 2012-13
  • La Liga 2013-14
  • Supercopa 2014
  • アトレティコ・マドリード 2011-2015 #11 / #10

フアンフラン

Juan Francisco Torres Belén

ESP RB

2011–2019

出場
355
ゴール
6
アシスト
42

2011年に加入したフアンフランは、右サイドの信頼を長く支えたサイドバックである。攻守両面でバランスが良く、シメオネ体制の中で高い強度と戦術理解を両立させた。前線へのオーバーラップと粘り強い守備対応で、数多くの大一番に先発し続けた。リーガ優勝、コパ・デル・レイ、ヨーロッパリーグ制覇など、クラブの成功期を右サイドから下支えした功労者である。タイトル戦線だけでなく、苦しい試合で見せる集中力と献身も彼の価値だった。2019年の退団後も、誠実さと安定感の象徴として愛されている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • UEL 2011-12
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2012
  • UEFA Super Cup 2018
  • アトレティコ・マドリード 2011-2019 #20

ミランダ

João Miranda de Souza Filho

BRA CB

2011–2015

出場
178
ゴール
13
アシスト
4

2011年に加入したミランダは、ゴディンと並んでアトレティコの守備を世界水準へ押し上げたセンターバックである。派手に叫ぶタイプではないが、読みの鋭さ、空中戦、ボール保持時の安定感で絶大な信頼を得た。2013年のコパ・デル・レイ決勝では延長戦で決勝ゴールを決め、クラブ史に残る英雄となった。リーガ優勝シーズンでも守備陣の柱として機能し、相手に簡単なチャンスを許さない組織の一員だった。4シーズンにわたり守備の要を担い、タイトルへの貢献度は非常に大きい。静かな威圧感を持つ名CBとして、今なお高く評価されている。

  • La Liga 2013-14
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • UEL 2011-12
  • UEFA Super Cup 2012
  • アトレティコ・マドリード 2011-2015 #23

ラダメル・ファルカオ

Radamel Falcao García Zárate

COL CF

2011–2013

出場
91
ゴール
70
アシスト
9

ラダメル・ファルカオは2011年にポルトから加入し、短期間でビセンテ・カルデロンを熱狂させた。ボックス内での嗅覚、左右両足と頭で仕留める決定力、そして大舞台での勝負強さは別格だった。2011-12シーズンのヨーロッパリーグでは大会を支配するような活躍を見せ、決勝でも2得点を記録して優勝をもたらした。チェルシー相手のUEFAスーパーカップでもハットトリックを決め、世界最高峰のストライカーであることを証明した。コパ・デル・レイ制覇でも前線の絶対的エースとして機能した。2013年にモナコへ移籍したが、在籍2年で残したインパクトは今なお圧倒的である。

  • UEL 2011-12
  • UEFA Super Cup 2012
  • Copa del Rey 2012-13
  • アトレティコ・マドリード 2011-2013 #9

オリベル・トーレス

Óliver Torres Muñoz

ESP CM

2012–2017

出場
57
ゴール
2
アシスト
4

アトレティコの下部組織で育ち、2012年8月にシメオネ監督のもとトップチームデビューを果たした攻撃的MF。繊細なボールタッチとビジョンに優れた技巧派で、2013-14シーズンのリーガ優勝メンバーに名を連ねた。UEFAチャンピオンズリーグでも11試合に出場し、若くして欧州の舞台を経験。2014年1月〜6月にビジャレアルへローン、2014-15はポルトへローンで経験を積み、2015-16に復帰して主力として33試合に出場。2016-17に再びポルトへ貸し出され、2017年に完全移籍(移籍金2,000万ユーロ)となった。アトレティコでの通算成績は57試合2ゴール4アシスト。カンテラが生んだ才能として記憶される選手である。

  • Copa del Rey 2013
  • LaLiga 2013-14
  • アトレティコ・マドリード 2012-2017 #30 / #27 / #16 / #10 ※ ローン: Villarreal 2013-14、Porto 2014-15と2016-17

サウール・ニゲス

Saúl Ñíguez Esclápez

ESP CM

2012–2021, 2022–2025

出場
427
ゴール
48
アシスト
26

サウール・ニゲスはカンテラ出身の中盤として、長年にわたりアトレティコの走力と多機能性を支えた。インサイドハーフ、守備的MF、時にはサイドでも起用され、戦術上の穴を埋める万能性で重宝された。若い頃にはチャンピオンズリーグの大舞台でも印象的なゴールを決め、クラブの欧州での躍進を象徴した。複数のタイトル期をまたいで在籍し、世代をつないだ存在でもある。後半は波もあったが、全盛期の推進力と献身性はチームに欠かせなかった。2025年の契約終了まで、現代アトレティコを代表する自前のMFとして大きな足跡を残した。

  • La Liga 2020-21
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2018
  • UEL 2011-12
  • Copa del Rey 2012-13
  • Supercopa 2014
  • アトレティコ・マドリード 2012-2025 #48 / #28 / #26 / #17 / #8 ※ ローン: Rayo Vallecano 2013-14, Chelsea 2021-22, Sevilla 2024-25 ※ 2025年7月契約解除

ダビド・ビジャ

David Villa Sánchez

ESP CF

2013–2014

出場
47
ゴール
15
アシスト
—

スペイン代表の歴代最多得点者ダビド・ビジャがバルセロナから加入した2013年夏、それは奇跡のシーズンの始まりだった。デビュー戦となった古巣とのスーペルコパでいきなりボレーを沈めると、リーガでは36試合13得点を記録し、ディエゴ・コスタと組んだ2トップで1995-96以来のリーガ制覇を牽引した。ベテランになっても衰えないオフ・ザ・ボールの動きと決定力は、シメオネのチームに完璧に噛み合った。2014年のチャンピオンズリーグ決勝も戦い、わずか1シーズンで歴史的なチームの一員として記憶に残った。同年夏、ニューヨーク・シティFCへ旅立っている。

  • La Liga 2013-14
  • アトレティコ・マドリード 2013-2014 #9

アンヘル・コレア

Ángel Martín Correa Martínez

ARG ST

2014–2025

出場
469
ゴール
88
アシスト
65

アンヘル・コレアは2014年末に加入し、心臓手術を乗り越えた2015年8月のデビュー以来、10年にわたり攻撃陣の便利屋ではなく、勝負を動かす切り札であり続けた。セカンドストライカー、ウイング、トップ下と複数の役割をこなし、狭い局面を個で打開する力でチームに変化を与えた。2020-21のリーガ優勝、2018年の欧州タイトル獲得でも重要な局面に顔を出している。派手なスター性よりも、継続性と決定的な仕事で支持を集めたタイプだった。2025年夏の移籍まで、現代アトレティコで最も長く愛された攻撃手の一人である。

  • La Liga 2020-21
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2018
  • アトレティコ・マドリード 2014-2025 #26 / #16 / #11 / #10

アントワーヌ・グリーズマン

Antoine Griezmann

FRA ST

2014–2019, 2021–2026

出場
501
ゴール
212
アシスト
—

アントワーヌ・グリーズマンは、クラブ史上最多得点という数字そのものでアトレティコの歴史に立つフランス人フォワードである。レアル・ソシエダから2014年に加入すると、5シーズン連続で攻撃の中心であり続け、2018年のヨーロッパリーグ決勝では2ゴールを挙げて優勝を決定づけた。同年のUEFAスーパーカップも制し、W杯優勝メンバーとして世界の頂点も経験している。2019年にバルセロナへ移籍した際は解除条項の行使という形で去り、関係は険悪化したが、2021年の復帰後は再びチームの頭脳として君臨した。2024年1月にはルイス・アラゴネスを超えてクラブ歴代最多得点者となり、2026年5月、公式戦通算501試合212得点という数字を残し、10シーズンを戦った男は喝采の中でメトロポリターノを去った。

  • Supercopa 2014
  • UEL 2017-18
  • UEFA Super Cup 2018
  • アトレティコ・マドリード 2014-2019 #7
  • アトレティコ・マドリード 2021-2026 #8 / #7

リュカ・エルナンデス

Lucas François Bernard Hernández

FRA LB

2014–2019

出場
110
ゴール
1
アシスト
4

アトレティコの下部組織で2007年から育ち、2014年12月3日のコパ・デル・レイ(CE ロスピタレート戦)でトップチームデビュー。左サイドバックとセンターバックの両方を高水準でこなすユーティリティDFとして急成長した。2017-18シーズンのUEFAヨーロッパリーグ制覇とUEFAスーパーカップ獲得に貢献し、110試合1ゴール4アシストを記録。2019年夏にバイエルン・ミュンヘンへ移籍(移籍金8,000万ユーロ、当時のクラブレコード)した。フランス代表として2018年W杯優勝も経験したアトレティコが誇るカンテラ出身のディフェンダーである。

  • UEFA Europa League 2018
  • UEFA Super Cup 2018
  • アトレティコ・マドリード 2014-2019 #28 / #19 / #21

ヤニック・カラスコ

Yannick Ferreira Carrasco

BEL LM

2015–2018, 2020–2023

出場
266
ゴール
47
アシスト
45

2015年にASモナコからアトレティコへ加入した左サイドのアタッカー。スピードとドリブル突破力を武器に、2016年UEFAチャンピオンズリーグ決勝(vsレアル・マドリード)では79分に同点ゴールを決め、その名を世界に刻んだ。2017-18シーズンのUEFAヨーロッパリーグ制覇にも貢献。2018年2月に中国・大連一方へ移籍したが、2020年に復帰すると2020-21シーズンのリーガ優勝でレギュラーとして躍動。二度の在籍期間を通じて合計266試合47ゴール45アシストを記録し、攻撃の切り札として愛された。2023年夏にアル・シャバブへ移籍した。

  • UEFA Europa League 2018
  • LaLiga 2020-21
  • アトレティコ・マドリード 2015-2018 #21 / #10
  • アトレティコ・マドリード 2020-2023 #21

ルイス・スアレス

Luis Alberto Suárez Díaz

URY CF

2020–2022

出場
83
ゴール
34
アシスト
6

ルイス・スアレスは2020年に加入し、即座に優勝争いを決定づける得点源となった。全盛期から年齢を重ねていたが、ゴール前での嗅覚と決定力はなお圧倒的だった。2020-21シーズンにはリーガ制覇に直結する重要得点を次々に挙げ、アトレティコの優勝を現実のものにした。単なるフィニッシャーではなく、試合を読む力と勝負所での冷酷さが際立っていた。短い在籍ながら、必要な瞬間に最も頼れるストライカーとして強烈な印象を残した。クラブに21世紀2度目のリーガをもたらした主役の一人である。

  • La Liga 2020-21
  • アトレティコ・マドリード 2020-2022 #9

※ 選手イラストはAIを活用して制作しています