継承者とは、似ている者のことではない
2月6日の負傷発表以降、パブロ・バリオスが公式戦のピッチに立った時間は21分だけだった。3月10日のトッテナム戦で途中出場した、その21分。右大腿部を二度痛め、決勝前の全体練習にようやく戻ったのは4月に入ってからだ。4月17日の前日会見でシメオネは「パブロは明日の招集メンバーに入る」と明言した。コパ・デル・レイ決勝という舞台に、長い離脱を経て戻る22歳。その復帰をクラブが待ち望んでいたこと自体が、バリオスという選手の現在地を物語っている。
アトレティコ・デ・マドリードの中盤は、長くコケが中心にいた。ボールを受ける位置を見極め、味方を落ち着かせ、試合の温度を整える。誰にでもできる仕事ではない。では、次にその重さを引き受けるのは誰か。バリオスは、その問いに対するクラブの回答になりつつある。ただし、コケと同じ形ではない。
※本稿の出場試合数・出場時間はTransfermarkt(2026年4月18日時点)、パス成功率等の試合評価データはFotMobに基づく。パーセンタイル順位の出典はDataMB。
第1章 ── 700試合超の重力
コケがアトレティコのトップチームに初めて立ったのは2009年9月、バルセロナ戦の後半だった。17歳。それから16年、通算出場は797試合に達している。2025年11月にはクラブ公式戦700試合の節目を迎え、2025-26シーズン中にはラ・リーガ500試合到達が報じられた。いずれもクラブ歴代最多であり、アデラルド・ロドリゲスが持っていた553試合の記録はすでに大きく塗り替えられている。
数字だけではない。今季34歳のコケは、ラ・リーガ28試合に出場し1,771分をプレーしている。FotMobのチーム別パス成功率ランキングでは93.0%。衰えの兆候を探すほうが難しい安定感がそこにある。
ただ、時間は有限だ。出場時間は数年前と比べて確実に短くなっている。2019-20シーズンのラ・リーガで約2,700分を記録していたことを思えば、1,771分は「まだ主力」であると同時に「いつまでも主力ではいられない」ことを静かに告げている。だからこそ、次にこの重さを引き受ける選手は誰なのかという問いが、今季ますます切実になった。
第2章 ── 22歳のコケは、今のコケではなかった
バリオスをコケと比べて「似ていない」と片付けるのは簡単だ。だが、その比較の基準を間違えていないか。
今のコケは、ピボーテとしてセンターバックの脇や間に下り、第一局面の出口を作る選手だ。深い位置でボールを引き取り、試合のリズムを静かに支配する。しかし、22歳のコケにこの役割は与えられていなかった。
2013-14シーズン、アトレティコが18年ぶりのリーグ優勝を果たしたあの年、コケはTransfermarkt上で左MF13試合、攻撃的MF11試合、右MF8試合、中央MFわずか4試合と記録されている。中央に閉じた選手ではなく、ピッチの左右を走り回り、前線にも顔を出す。ラ・リーガ36試合で6ゴール、アシストも二桁を超えてリーグ有数の創造性を示していた。CL準々決勝のバルセロナ戦第2戦では5分に決勝点を叩き込み、1974年以来の準決勝進出を引き寄せた。
つまり、コケ自身が今の姿に到達するまでに10年以上の時間を要している。前でも後ろでも使われながら、走って、作って、時に決めて、少しずつ中盤の核へと沈んでいった。この変化を知らずに「バリオスはコケに似ていない」と言うのは、22歳のコケも見ていなかったのと同じだ。
第3章 ── ボールを前に運ぶ力
では、バリオスは何者か。コケとの違いはどこにあり、共通するものは何か。
今季のバリオスは、ラ・リーガ21試合で1,580分をプレーしている。1ゴール1アシスト。チャンピオンズリーグでは9試合680分で1アシスト。数字だけを見れば地味に映る。
しかし、彼の価値はゴール関与の外にある。DataMBの分析によれば、今季のバリオスはプログレッシブキャリー(ボールを前方へ運ぶ動き)で欧州主要リーグのMF中上位12%に入る。前方パス成功率も上位10%前後の高水準だ。ボールを受けて、前を向いて、相手のプレスをいなしながら運べる。中盤から攻撃への接続を一人でこなせるこの能力は、コケとは明確に異なる特性であると同時に、チームの前進を支えるという点ではコケと同じ機能を果たしている。
その凝縮が、昨季2025年4月のセビージャ戦にあった。90+3分、コケがこの試合の途中から入って中盤を安定させた直後の場面。マルコス・ジョレンテから縦パスを受けたバリオスは、セビージャの中盤と最終ラインの間に空いたスペースを見つけ、ターンしてから一気にドリブルで持ち上がった。サウール・ニゲスが寄せてきたが、左に切り返して半歩先を保つ。セビージャの守備陣がずるずる後退する中、アレクサンダー・ソルロートが中央へ走り込んで二人のセンターバックを引きつけた。その瞬間にできたわずかなスペースへ、バリオスは左足を振り抜いた。ニアポスト側を抜くシュート。ラ・リーガ初ゴール。2-1逆転勝利。
「監督にはいつも、もっとゴールに近づけと言われている。今日はそれができた」。試合後、バリオスはMovistarにそう語った。コケが整え、バリオスが前へ運び、自ら仕留めた。この一連は、アトレティコの中盤で起きつつある世代の接続を象徴する場面だった。
第4章 ── 不在が浮かび上がらせたもの
その重要性を改めて意識させたのは、今季2月以降の離脱だった。
2月5日、コパ・デル・レイのベティス戦後に右大腿部の筋肉負傷が判明。翌6日にクラブが公式発表した。3月10日のチャンピオンズリーグ・トッテナム戦で21分間だけピッチに戻る。だが、その2日後の3月12日、練習中に再び同じ右大腿部を痛めた。二度目の離脱。決勝前に全体練習へ復帰し、4月16日にようやく招集メンバーに戻ることができた。
この間、アトレティコの中盤が完全に崩壊したわけではない。コケ、ジョレンテ、ジョニー、バルガスといった選手たちが回しながら戦い続けた。ただ、バリオスが担っていた「中盤でボールを受けて、前を向いて、そのまま前方へ運ぶ」という一連の動きを同じ精度でこなせる選手は多くなかった。ボールが後ろで回る時間がやや長くなり、前進の滑らかさが鈍る試合があった、と見えたファンは少なくないだろう。
断定はできない。チームの調子には負傷以外の要因も絡む。ただ、不在の時間が長引くほどに、バリオスが中盤の主力として循環に一つの軸を与えていた存在だったことが、改めて浮かび上がってきた。
第5章 ── まだ足りないもの、すでにあるもの
正直に言えば、バリオスにはまだ足りないものがある。
ラ・リーガ1ゴール1アシスト、CL1アシスト。得点関与の数は、中盤の核を担う選手としては物足りない。22歳のコケが優勝シーズンに6ゴールと二桁アシストを記録していたことと比べれば、バリオスの最終局面への関与はまだ半分以下だ。バリオス自身が、監督からもっとゴールに近づくよう求められていると語っている。課題の所在は本人も自覚している。
加えて、ボールを失う頻度にも課題が残る。前向きにプレーする分だけリスクを取る場面は増え、コケのように深い位置から安全にさばく選手と比べれば、ロストの回数は多い。前方へ運ぶ力の強さとロストの多さは、表裏一体ではある。それでも、経験を重ねた先に、運ぶ力を保ちながらロストを減らせるかどうかが一つの分岐点になるだろう。
もっとも、すでにあるものも見過ごせない。FotMobの平均レーティング7.24はチーム内でも高い水準にあり、「試合に良い影響を与えている」という評価はデータにも表れている。欧州MFの上位12%に入る前進力。ラ・リーガ初ゴールをアウェイの90+3分に決める胆力。クラブが契約を2030年まで延長した判断は、将来の可能性だけでなく、今すでに見えている価値への信頼でもある。
おわりに
継承とは、コピーを作ることではない。
コケは700試合を超える時間をかけて、アトレティコの中盤に一つの基準を刻んだ。深い位置からボールを引き取り、チームに落ち着きを与え、試合の方向を整える。その役割を同じ形でそのまま再現できる選手は、おそらくもう現れない。コケがコケであるのは、あのスタイルが何百試合もの蓄積の上に成り立っているからだ。
バリオスが引き受けようとしているのは、同じスタイルではなく、同じ重さだ。アトレティコの中盤でボールを受け、前進の責任を背負い、チームを動かす。コケが「整える」ことで果たしてきたその役割を、バリオスは「運ぶ」ことで果たそうとしている。形は違う。背負おうとしている重さは同じだ。
コケとバリオスが同じピッチに立てる時間は、あとどれだけ残されているか。その残り時間の中で、アトレティコの中盤に流れてきた水脈が、一方から他方へ自然に手渡されていくのかもしれない。あるいは、今夜のラ・カルトゥハで、その手渡しの一場面が見られるのかもしれない。